スポンサーサイト

  • 2012.08.24 Friday

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 0
    • -
    • -
    • -
    • -

    夏の思い出

    • 2012.08.24 Friday
    • 00:00
     

    久しぶり過ぎて、ここ忘れてた 


    二年ぶりの台湾に行ってきた、今回はお父と二人旅
    なかなかこういう機会も作れないかもしれなから、私から提案してみたんだけど、行ってよかった
    がしかし天気予報は旅の間中ずっと雨。。
    初日から台風が吹き荒れていたりして不安になったけれど、お父の陽気パワー?のおかげか、後半からは奇跡的に晴れたのだった
    台湾の友だちや、現地の見知らぬ人達にも親切にしてもらって、本当にいい旅になった
    二年前に一人で歩いた台南の夜空
    生温い風とぽつぽつ光る星を見上げながら日本のことを考えていた
    同じ道をまた歩いたときに、私はなんにも変わっていないのだなと思った
    旅のいろいろがうまく書けないから、心の中に大切にしまっておこう

    私の唐突な提案を受け入れてくれたお父さん、ありがとう
    いつか自分の家族ができたら、また一緒にみんなで行こうね

    再生

    • 2012.06.19 Tuesday
    • 00:00
     

    ふと思い出したように、昔の、25、6歳くらいの日記を読み返してみた
    彼女は千鳥足で、いろんな物事に混乱しながらも、必死に生きて、笑っていた
    今になってみると、これが自分だったのかわからないくらい繊細で、ユーモアにあふれていて、なによりピュアだった
    自分でいうのもなんだけれど、若干感動すらしてしまったのだった
    それと同時に、すごく寂しくて心細い気持ちになってしまった
    何年か前、生まれ育った福井県に行って、当時住んでいた借家を見た時の感覚に似ていた
    間取りや、埃と湿り気のあるベニヤの匂い、年中薄暗い台所、ぼうぼうと草の生えた小さな庭、今でもはっきりと覚えているんだけれど、そこにはもう別の人間がいて、別の生活を送っている
    なんかがなくなって、でも、その代わりになんかが生まれた



    きょうは一番目の妹子の生まれた日だった
    「お誕生日おめでとう」
    と伝えたくて電話をしたのだけれど、彼女は電話に出なかったのでメールを打った
    メールじゃなくて、なんとなく電話で伝えたかったのだけれど、彼女にも彼女の時間があるということね、と買ってきておいたプレゼントを眺めた
    植木鉢の形をしたペン立てと、若草色をした鳥のブローチ
    気に入ってくれるといいけれど
    鳥のモチーフが、わたしはすきなのだ
    久しぶりに雑貨屋なぞに行って、あの子にはあれがいいかこれがいいかと悩む時間が楽しかった 
    こういう感覚、すこし忘れていたからだろか

    家族でも、友達でも、恋人でも、すきな人のことを考える時間は、やっぱり幸せだ
    すごく、おだやかな気持ちになるのね




    タクシーこわい

    • 2012.06.08 Friday
    • 00:00
     

    先日の夜、自転車走行中にタクシーに後ろから追突された
    幸い足首を軽く捻挫したくらいで済んだのだけれど、車からのろのろ出てきた運転手が「やっちまったなーはははーだいじょぶすかぁ」な態度だったので、久々に凶悪な気持ちになった。。

    もうこれで自転車対タクシー事故三回目だす

    今まで奇跡的にも大事にはならなかったけれど、事故後の処理だとか相手の態度だとかにほんと精神を削られる
    前回なんかは、思い切り空中に吹っ飛んで(自分の中ではそれぐらいの衝撃)足は血だらけだわ自転車は大破するはで大変な状況だったにも関わらず、一銭も保障してもらわず示談にしてしまったわたくし
    自分が悪くなくてもすぐ「ごめんなさい」てあやまっちゃうわたくしはこういう対応に不利なんでしょうな
    今回ばかりは我慢ならなくて、「絶対あやまらない」に徹し、保険やら事故対応に詳しい友人数人に相談した
    なぜか相談する人みんなやたら乗り気だ
    よっしゃ、それならおいらにまかせとけ!ポケモンゲットだぜ!的な、なんか普段そんなに口達者でもない人が溌剌と事故対応について詳しく説明してくれる
    頼りになるけれど、なんでみんなちょっと得意そうなんだろう。。

    とりあえず、人生初の救急車に乗れたのでなんか得した気分だわ〜ふふふ、とかなんとか悠長なことを言っているわたくしに対し、周りのみなさんがたくさん心配してくれて、あと病院の人達もやたら優しくて、看護婦さん絶対わたしのこと中学生かなんかだと思って接してるでしょうみたいな対応で、なんだかちょっと小学生のとき高熱を出して家族みんなに必要以上に優しくされたときのことを思い出して、ちょっぴり嬉しくなったのだった

    へらへら運転手には最終的に神妙な面持ちの「ごめんなさい」いただきました
    ごめんなさいゲットだぜ!





    こわれゆく女 / ラブ・ストリームス

    • 2012.05.30 Wednesday
    • 00:00



    渋谷で撮影をしていた
    撮影場所近くのシアター・イメージフォーラムでジョン・カサヴェテス特集上映がやっていたので空き時間に観た
    「こわれゆく女」「ラブ・ストリームス」
    二本も観られる空き時間に、撮影中ということを一瞬忘れる

    ラブ・ストリームスのほうは、未DVD化ということもあって、立ち見客が出るほどの盛況ぶりだった
    カサヴェテスの映画は大分前にDVDで一本観ただけなので、映画館でちゃんと観るのは初めて
    濃厚な異次元体験だった

    カサヴェテスのミューズ、ジーナ ・ローランズの逸脱ぶりが物凄い
    家族や社会の中で、人は日常を意識せずに生きている
    そこにある時突然、非日常が現れた時、当たり前だと思っていた日常が奇妙な形で浮かび上がってくる
    両作品とも、精神が崩壊した女性を演じたジーナ ・ローランズ、そのリアルな表現には圧倒された
    ものすごくリアルである故に、苦しかった
    心が格段に沈み込んでいる時に観たら、立ち上がれなかったかもしれない

    特に「こわれゆく女」のジーナには唸らされた
    夫と二人きりでいたいという理想に反して、仕事詰めで側にいられない夫、三人の幼い子供たちがいるという現実を前に、うまく折り合いを付けられない妻を演じている

    家に遊びにやってきた夫の仕事仲間たちに対して、過剰な歓迎をしたと思ったら、突然帰ってくれと怒りだす
    人は、家の中と外では対人の違いが必ずあるもので、外の世界では多かれ少なかれ、気を遣ったりある程度フィルターを通して行動する、それが節度やルールというもので、社会の中で生きていくうちに自然に身に付けるものである
    妻は、その公に対して空気を読むどころか、場をどんどん壊していき、愛する夫の機嫌も損ねてしまう
    でもそれは、ただ理解不能な狂女の振る舞いではなく、彼女の中で日常と非日常が葛藤している様が見え、痛々しくも不思議と憎めないかわいらしささえあった
    まるで統合失調症、躁鬱の症状に現れる言動と酷似している

    そこに三人の子供たちの存在が大きい
    泣き叫んで暴れている母親を、泣きながら必死で止めようとする幼い子供たちの様子には息が詰まる
    母親の様子がおかしいと理解していながら、いつも最後には彼女に抱きつき、「ママ大好き、愛してる」と三回キスをしてにっこりほほ笑む
    無条件に愛情を注いでくれる存在、というものがいかに大切か思い知らされる場面である

    と思えば、「ラブ・ストリーム」でカサヴェテス演じる孤独な小説家は「愛など少女の幻想だ」と吐き捨て、「パパ愛してる」と泣き叫ぶ実の息子を突き放し、背を向ける
    その表情から真意は読み取れないが、私はどうしてもその奥底に澱みがあるように思えて仕方ない

    錯乱して暴れ、ぼろぼろになった女は、夫に縋り付き「わたしのこと愛してる?」と問いかける
    夫は「ん…んん」と曖昧にうなって答えない
    代わりに、「後片付けをしよう」と一言呟き、ぐちゃぐちゃになった家を二人は無言のまま掃除し始め、「こわれゆく女」の幕は閉じる
    このあと、この夫婦がどうなっていくのかを想像するとき、私は絶え間ない流れの中に時折光る「愛のようなもの」に手を伸ばそうとしている、希望の物語であることを祈った

    愛は流れるもの、と女がいう
    人の感情は、これという形がない複雑怪奇なもので、無常のものである
    カサヴェテスの映画も、語り始めたらキリがないし、人によって捉え方がかなり違う作品だろうと思う
    他人のことはわからない、けれど、向かい合っているその人の中で何かが揺れていることだけははっきりとわかる
    それを、「わかりません」と切り捨てることができない
    そんな映画だった

    ぐるりのこと

    • 2012.05.16 Wednesday
    • 00:00



    ひさしぶりに、「ぐるりのこと」を観る
    見ていて苦しい、他人事と思えなくてとても息がつまる
    でもやっぱり、いい映画だ



    ぐるりとは話しは変わるけれども、これもぐるりのこと
    GWに富山のばあちゃんの家で、朝ドラ「カーネーション」の総集編が放送されていて、なにげなく見ていたのがあまりにも面白く、惹きこまれて最後まで見てしまった
    一緒に見ていたばあちゃんは毎朝見ていたらしく、最初の方こそいろいろあらすじなどを解説してくれていたのだが、いつの間にかいびきをかいて寝ていた
    私はその隣で、ひとり感動してぐぇぐぇ声を押し殺して泣いたりニヤニヤしたりした

    カーネーション脚本家の渡辺あやさんのインタビューが朝日新聞に掲載されていて、とても感銘を受けたので、引用します

    *****************************************

    大人になるにつれ、心の中に何重にも薄い殻が重なって、本当の自分の心が分からなくなる。
    物語ならば、普段だったら手の届かない殻の奥にある、柔らかいところを温めて溶かしてあげられる。

    それがじゅわっと殻の外に出てくると、心が震えて解放されたり、涙が出たり、ということが起こる。
    それは、人にとってすごくいいことじゃないか。
    感覚的にそう思っています。

    事故でも、災害でも、人生に起こることには法則がない。
    日常でも同じこと。死や誰かを喪う苦しみからは 誰も逃れられない。
    みんなが当事者なのだから、みんなで考えようと。
    ひとりで持つには重い石でも、隣に誰かいるだけで軽くなりますから。

    不幸や不条理なことに立ち向かうには、すごく地味なことをコツコツやっていくしかない、という感じがしませんか。

    あるところに大きな救いがあって、そこに自分も回収される、というのは絶対うさんくさいし、本物じゃない。

    小さくて地味で、一見、『これかよ』みたいなこと。

    子どもを見ていると、ちょっとしたお使いなど、本当に単純に人の役に立つことに、すごく喜びを見出すんですよね。
    よくよく考えれば それは美しいことだと思います。

    最初に自分が脚本を書いた映画ができあがった後、すごく落ち込んだ時期がありました。
    ゴールにたどり着いた途端、次のカーテンがぱっと開いて『死』が広がっていた、という感じ。
    『どうせ何をやっても年老いて結局死ぬんだ』という思いにとりつかれてしまいました。

    『小さくて地味なこと』への感謝が足りなかったんです。

    そこからずっと、死や老いという課題について、作品を通じて取り組んでいます。

    *****************************************

    人によって、その小さくて地味なことは違うけれど、誰しもが持っているもの

    私だったらなんだろう?

    料理を作ること、米粒を残さないこと、調味料は最後の最後まで使い切ること、冷蔵庫を整理すること、机を布巾で拭くこと、洗濯物をためないこと、シーツをこまめに洗うこと、洋服をきちんと畳むこと、使わない時はコンセントは抜いておくこと、皺にはアイロンをかけること、隅まで掃除機をかけること、公共料金を期限までに払うこと、ゴミはこまめに捨てること、毎朝珈琲を淹れること、挨拶をすること、両親と電話すること、友達に手紙を書くこと、なるべく早めにメールの返事をすること、ギターを弾くこと、本を読むこと、刺繍や繕いをすること、自転車の手入れをすること、日記を書くこと、肌の保湿をしっかりすること、眉毛を整えること、爪をきれいにすること、健康な体を維持すること、ごちそうさまを言うこと、人に笑顔を向けること、人を叱ること、人を褒めること、感謝の気持ちを伝えること

    きりがないな
    でも挙げてみると地味なことはたくさんある
    元来おおざっぱな人間だから、気を抜くとすぐ忘れてしまったり、気力を失ってうっちゃってしまったりする
    一人でいる時間が多くなってくると、気分の浮き沈みが激しくなって、何も考えられなくなったりする
    でも人様に迷惑をかけたくない気持ちはあるからそれなりには頑張れるのがわたし
    大きいことばかり目の前で考えていても、実際はどうでもいいことが一番多くて、一番大切なのかもね
    人が生活していく、生きていく上では
    渡辺さんの言葉に、納得させられたし、すごく励まされた



    そして今日も帰ってきてからギターを弾いているのだけれど
    指先の皮も二回ほど剥けて、固くなってきている
    練習の証が形となって表れていると思うと、なんだかそのぼろぼろの指もうれしい
    でも同居人や近所のことを考えるとそんなに夜更けまで練習できないので、歯がゆいなぁ







    キミにムチュウ

    • 2012.05.14 Monday
    • 00:00

    先月のこと、なんとうちのゴミ捨て場でこんなものを拾いました









    弦もきれいに張ってある状態で、まだまだ使えそうだったので、思わず家に連れて帰り、少しずつ独学で練習し始めました
    そうしたら、だんだん楽しくなってきてしまって。。毎日毎日、気付いたら1時間2時間と寝る間も惜しんで弾くようになりました
    何も考えず、夢中になって弾いている時間、きれいな音色を出せた瞬間が自分にとってとても癒しになっていることに気付きました
    今まで、音楽は聴くだけのものだったのが、自分で奏でる楽しみを知ってしまうと、楽器の力、音楽の力ってすごい。。と新しい発見に胸が震えます



    *




    GWに、我がお父の住む長野の家に遊びに行った際に、ギター講習を受けました
    うちの父はギター歴かれこれ40数年
    ただ、自分の娘にはギターやれとか言わないし、今までも私が軽く「教えて〜」とかいってもあまり真剣に教えてはくれませんでした


    拾ったギターで毎日時間があれば少しずつ練習していること、弾くことが今初めて楽しい、と伝え、長野滞在中も毎朝起きてお父のギターで練習している私を見たお父は。。















    「ちゃんとやるなら、それなりのものを使わないと上達しないよ」
    そういって、新しいギターを買ってくれたのです!!!
    しかも、チューナー付きのエレクトリックアコースティックギター

    拾ったギターちゃんはネックが反っていて、弦高が高かったので、とても弾き辛かったようで、それすら知らない私は新しく買ってもらったギターちゃんを弾いてびっくり
    なにこれ。。めちゃくちゃ弾きやすいやないか。。
    修行のために付けていた重い道着を外した悟空の如く、最初に弾いていたよりも格段に指が楽で、難しいFコードもスムーズに出るようになっていた
    これはすごいことです。。

    今のところ、つっかえながらも弾き語れる曲は3曲ほど
    これから、趣味としてだけど、どんどん練習して人の前で披露できるくらいにはなりたいな
    この歳になって、新しい趣味ができたことがすごくうれしい


    アキ・カウリスマキ「ル・アーブルの靴みがき」

    • 2012.05.02 Wednesday
    • 00:00
     

    アキ・カウリスマキ「ルアーブルの靴みがき」を観に行く、渋谷ユーロスペース
    同館でモンスターズクラブもやっていて、少し迷う

    館内は大混雑で、何人かの知り合いに遭遇する
    そういえば世間ではゴールデンウィークなのだった

    パリで靴みがきをしながら、妻と愛犬とつつましやかに暮らすマルセルおじいさん
    偶然、アフリカから不法入国してきた黒人の少年と出会い、彼をかくまうことになる
    そんなとき、愛する妻が大病にかかり。。

    難民問題を背景に描きながらも、物語の主軸となるものは、下町の人情噺であり、夫婦の絆であり、親子の繋がりである
    そこにもって相変わらずのカウリスマキ節、登場人物はみな余計なことを語らない
    ただ、静かにそこに立っている
    彼らの表情は穏やかであり、狂気的でもあり、革新的でもある

    黒人の少年が、おじいさんの家でひとり、レコードをかけている
    流れているのはブルース
    少年はレコードの側に立ち、じっと耳を傾けている
    部屋の入口で、おじいさんはそっとそれを見つめている

    なんだかそのシーンで胸がぎゅっと締め付けられる思いになった
    少年にとっての郷愁なのか、それとも、哀愁なのか、戸惑いなのか、その表情からは読み取れないのだけれど、ものすごく迫ってくるのです
    私は、父が子供の頃に毎日家でブルースのレコードをかけていたので、ブルースを聴くだけで子供の頃のことがすぐにかえってきてしまう
    なんだか自分の立っている場所がわからなくて、そわそわしてしまう時がある
    そのよくわからないもやもやが、かすれたブルースと、少年と、部屋と、おじいさんを通じて私にも伝わってきて、苦しいような甘ったるいような気持ちになった

    カウリスマキの映画はなにもしない、それなのに、観ているこちらのほうが、いつもドギマギさせられてしまうのだった




    さくらのした

    • 2012.04.10 Tuesday
    • 00:00
     


    電話がかかってきて、近所の神田川沿いで、最近仲良くなったばかりの友だちと花見をした
    コンビニに寄ってお弁当とお茶を買う
    気が抜ける程あたたかくて、ぼーとしてしまった

    友だちは、最近辛い出来事があったようで、とても落ち込んでいた
    でも笑ってカツ丼を食べていた
    私は、そのカツ羨ましいなーとか思いつつ一口ほしいって言えなくて、ちっさい鶏めしみたいなのをぼそぼそ食べながら、最近みた映画や舞台や漫画の話やら、他の面白い友だちの話やら、家族の話やら、割と込み入った話やら、どこかの国にまだ残っている食人民族の話やら、仏陀の話やら、とにかくとりとめもなくしゃべった
    気がついたら三時間もベンチでしゃべっていた
    私も誰かとしゃべりたかったんだなーと思った

    平日の昼間に人とお弁当を食べるのって小学生になったような気分だった
    老人と犬とおばさんと仕事さぼってるっぽいサラリーマンが私たちの前をゆっくり歩いていく みんな穏やかな表情をしていた
    世の主婦やご老人の方々はこんなふうに過ごす時間をきちんと持っているのだなぁ


    これから仕事に行く、という友だちと別れて、ひとりで映画を観に行った
    マナーの悪いカップルと、大いびきをかいているおっさんがいて、台無しだった
    作品がつまんない、と感じても映画館に来た以上は社会性持とうよ、とか思う
    睡眠状態に社会性もなにもないけどね。。

    明日は久しぶりにリハビリでおにぎりを握ろうと思うんだ、明太子の









    きょうのまりをやつ

    • 2012.04.06 Friday
    • 00:00


    <ショコラケーキ>

    *****************************************

    いつだかのチョコレート作戦のときの記録

    料理は簡単だけど、製菓はレシピ通りにしっかり作らないと失敗するので正直苦手だ
    しかも材料費も普段使わないものを調達しなくてはならず、節約生活の私にとってはかなり死活問題です
    一回失敗して泣く泣く廃棄して、二回目でようやく形になったけれど、結局四時間程かかった。。
    しかしここでも最後に湯煎の蒸し焼きをするのに、底が外れるケーキ型にアルミホイルを巻いて代用したのが、水が漏れてケーキ型に浸水しちゃって少し失敗したけど、レシピより長めに焼いてふやけた部分を誤魔化した 味は想像してたより、普通
    お菓子作りは、本当に繊細でむずかしい
    こんなに大変なの、もう作るの嫌やわ

    と、落ち込んでいたら、







    ケーキを食べてくれた友人くんが遅れてきた白いチョコレート作戦としてこんなものをお返ししてくれました
    すげー
    ただのおもちゃじゃないのよ、これが植木鉢になってるのよ
    花とか咲かせたら額の部分の穴から飛び出てくんの、ぴょろっと
    いまんところ、沖縄土産のちんすこう入れになってるけど
    なんか、人のために作るのもたまには悪くないね(現金)

    きょうのまりを夕餉

    • 2012.04.05 Thursday
    • 00:00
     

    豚そぼろ
    海老とニラ、もやしの炒め
    ごはん

    +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

    どうせうそだよやめねーよ

    うそはいけませんね
    でも人間はうそをつかずに生きてはいかれないものですし私もうそついて生きてきましたしうそやめろっていわれてもやめられないんですけどうそは自分をすりへらすからいけませんね

    お弁当作らなくなって久しいですが、このままだとお弁当日記とかうそになっちゃうからそのうちまた作るぜ!
    でも今はなんか違うんです
    最近は、お昼ご飯を食べに行く店が決まっていて、そこでひとり安くて美味しいランチをつつきながら、外の光をぼんやり眺める時間が一日の中で一番ほっこりできて幸せなひとときです
    ひとりでする食事なんて、とはよくいいますが、お昼ごはんをひとりで食べるのは嫌いじゃないです
    夜ごはんは誰かと一緒にいたいけれど、昼間のおひとりランチの時間もまた魅力的です



    公園でひとり、お弁当を食べていた時期がありました
    昼間の公園には、いろんな人がやってきます
    土と草の匂いの中でまりを弁当をもしゃもしゃ食べていると、向かいのベンチに老人が座っているのが目に入ります
    なんとなく見ているのですが、老人は何をするでもなく、ひたすら、ただただベンチに座っています 
    足を組んだり、手をごそごそ動かしたりしません
    座る、という行為にのみ集中しています
    ただ、そこにいる
    こういった行動をする老人がとても多いので、私は彼らは何を考えているのかしら、といつも気になって仕方がなくなるのです
    私がじーっと見つめていても、老人たちは気にも留めずにたたずんでいます
    自分を振り返ってみると、一日中、何かをしなければと心も体も動かしています
    意識があるのに「何もせずたたずむ」とか、そういえば私やらない

    この間、夜道を歩いていたときに、ちょうど人も通らなかったので、道の真ん中でしばらくたたずんでみました 
    何もしない、ただ、立っているという状態です とても奇妙な感覚でした
    しかしどうしてでしょう、そういう時に限って、横道から急に人が出てくるんです
    そうなると私は一気に危険人物となってしまいます
    咄嗟に、私は財布を取り出し、そばにあった自販機に向かうふりをしました
    時間帯と場所が悪かったのかな
    やはり何もせずにそこにいるって難しい
    意識的に、何もしないってものすごく負荷がかかります
    今度お弁当復活する日がきたら、公園のベンチにいって、お弁当をたいらげたあとに、たたずんでみようと思う

    PR

    calendar

    S M T W T F S
        123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    252627282930 
    << June 2017 >>

    お弁当作り隊

    雑貨ノススメ

    おかいもの

    中文❤学習

    UNIQLO★CALENDAR

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    recommend

    recommend

    recommend

    recommend

    recommend

    recommend

    recommend

    recommend

    recommend

    recommend

    recommend

    recommend

    recommend

    recommend

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM